一等
西田 庸平東京都市大学大学院
ヤンクワンThe Oslo School of Architecture and Design
今年のテーマは「アンダー・ワン・ルーフ」です。
直訳すれば「ひとつ屋根の下」となりますが、今回は、その日本語が醸し出すホームドラマ的なイメージではなく、より建築的な提案への広がりを期待して、あえて「アンダー・ワン・ルーフ」としました。
「アンダー・ワン・ルーフ」という言葉から導かれる建築の可能性、あるいは「アンダー」「ワン」「ルーフ」それぞれの単語のもつ建築への展開力を掘り下げて、提案に結びつけて下さい。
かつて日本は、屋根をルーフと読み替えることで、伝統建築から近代建築へと飛躍することができました。言葉に付随する慣習的なイメージがひとつ外れるだけでも、そこから建築そのものを考えるフィールドは広がるのです。
たとえば、ルーフはワン・ルーフ、つまり「ひとつ」と定めていますが、そのかたち、大きさ、高さ、素材や性能については自由に考えられますし、ひとつのルーフとはどういう状態までが「ひとつ」なのかについても自由に考えることができます。
また、アンダー・ルーフといっても、ルーフの下の空間の、広さ狭さ、高さ低さ、明るさ暗さ、寒さ暖かさ、あるいは床・壁・天井などについては自由に考えることができます。
そして、その「アンダー・ワン・ルーフ」はなんのためにつくられるのか、どのような出来事が行われる場所なのか、そこはどのような環境なのか、あるいはそれはどのような環境に建つのか、についても、自由に考えることができます。
みなさんの「アンダー・ワン・ルーフ」の提案を広くお待ちしています。
審査委員長 | 六鹿正治 | 日本設計代表取締役社長 |
審査委員 | 北山 恒 | 横浜国立大学大学院Y-GSA教授、 architecture WORKSHOP主宰 |
審査委員 | 山梨 知彦 | 日建設計執行役員設計部門代表 |
審査委員 | 乾 久美子 | 東京藝術大学准教授、 乾久美子建築設計事務所主宰 |
審査委員 | 長谷川 豪 | メンドリジオ建築アカデミー客員教授、 長谷川豪建築設計事務所代表 |
審査委員 | 相臺 公豊 | 日新工業代表取締役社長 |
アンダー・ワン・ルーフというテーマは,物質としての同じ屋根の下という事象と同時に,観念的に差異を乗り越えて協同する意味をもつ.シンプルだからこそ,イメージは容易に拡張すると思っていた.審査ではまず応募された364作品すべてを短時間で読み取る.図像に引っ張られる評価を,書かれた文字からコンテンツを掬い上げ再評価しようとしていた.
西田・Yeung案(1等)は1次審査の流れ作業の中で,脳にヒットして大きなイメージの塊をつくった.砂漠,風という地球上の自然環境と,それが変化する大きな時間の流れ.時間を凍結するように砂漠の砂を骨材とする人工的な地形をつくる,自然環境のような人工環境.そして,おそらくムスリムだと思われるアラブ系の人を描くことで,世界にある宗教対立やその先にある文明の変換まで想像が広がった.作者が意図したか分からないが,読み手には大きなイメージを与える作品だと思った.
長崎・Barrington-Leach・Zacharias案(佳作)は東京の木造密集市街地の都市リサイクルに対する提案である.路地も含めた街区の塊の上に,それをカバーするように新しい屋根をかけて更新する.既存建物の間や上部に多様な隙間(ギャップスペース)を共有空間として生み出しているように見える.作者の意図は特定できないのだが,読み手には共感できるアイデアであった.湯佐・阿部案(3等)は,震災被害を受けた漁村集落の津波到達ラインに屋根をかけ,そこに小さな公共施設を連鎖させる.3年経っても決して忘れない,という精神に共感した.
ストレートなテーマゆえに,個人的にはひねった回答が続出するのでは? と予想していた.ところが意外なことに,アンダー・ワン・ルーフというお題のイメージアビリティが強すぎたためだろうか,いわゆる「ベタ」な提案が多くて驚いた.そんな中,上位3案はストレートに課題に答えつつも,物理的な領域を超えて屋根を架け渡し,そこから屋根が新たに放ち得る可能性をきちんと提示していた.
西田・Yeung案(1等)は,絶えず姿を変える砂漠の砂をフリーズさせることで,「時」の流れに屋根を架け渡す提案.美しいドローイングがその凍れる瞬間を見ることを誘うような魅力がある.ただ砂をフリーズするのにコンクリートを用いたことで,既視感が出たのは残念だ.これに対して石橋・水野案(2等)は,人びとの「アクティビティ」の中に屋根を浮かび上がらせる提案で,共感を覚えた.とはいえ,そこでの空間体験が読み取れなかったことで,1等の座を逃してしまった.さらに湯佐・阿部案(3等)は,被災地の人びとの「記憶」に屋根をかける提案.美しい平面図がイマジネーションを掻き立ててくれたのだが,そこに添えられた断面のスケッチは,イメージをシュリンクさせてしまったように僕には感じられた.
佳作の中では,松下・Yang案が目を引いた.まったく別の事情で大量に架けられた既存の大屋根に着目し,その裏に隠れた空間を発掘する手法は,これまでのアイデアコンペではあまり見かけることがなかったような気がして魅かれたが,残念ながら踏み込みが足らず上位には残れなかった.
実を言うと砂漠のある瞬間の形を凝固させるという案を1等とすることに,筆者は最後まで反対した.時間と空間の詩として秀逸であり,またモノの次元での提案もあり単なる概念の提出ではないという案だと思ったが,誰が,何のために,どうやって(概念レベルではなく)という点がよく分からないと感じたからだ.また,なぜ「一瞬」が重要になるのか,「一瞬」を凝固させたい主体は誰なのか,その凝固の方法がなぜコンクリートなのかなど,近代を乗り越えようとしているようでいて,その枠組みの中に捕らわれているような気がした.審査委員というのはコンペ案に対して改善策を考えたくなるものだが,本案では根本的な反論を言いたくなる(筆者が審査会で陥った状況)と同時に,さまざまな可能性をイメージしてしまった.意味で暴れた提案だからだろうか.筆者は西田・Yeung案(1等)に反対したことを反省している最中だ.
対して石橋・水野案(2等)は今日的な優等生案かもしれない.人との繋がりが屋根をつくるということを美しいドローイングにまとめたもの.屋根の下の空間の素晴らしさが設計されていないのが惜しかった.個人的に興味深く感じたのは佳作の松下・Yang案だ.不幸な理由から架けられた屋根を再利用しようとする提案.設定が秀逸でドローイングも知的でよかった.崖に架構し,そこから空間が吊り下げられている西田・Yeung案(佳作)も好きな提案のひとつだ.マニアックであり,近年では珍しいタイプではないか.作者が無類の建築好きであることを確信できる.アイデアコンペという場であっても,こうした職人的な思考回路の作品がもっとあってもよい.
1等の西田・Yeung案は,新しい砂時計のような空間に惹かれた.砂時計は砂粒とガラスの穴の大きさ,重力を利用して直線的に時間を測るものだが,この提案は砂漠の「ある場所・ある瞬間」の砂の形を型にしてコンクリートルーフをつくり,その下の砂の空間は,吹き込む風や,滞在する人間や動物の所作によって変化し続ける.瞬間と永遠,空間と時間を同時に計測する空間,そして自然と建築のどちらが先か分からないようなルーフのあり方は,これまでの屋根の概念を鮮やかに刷新している.
しかしこの案は,歴代の日新工業コンペの1等案とは違ってプレゼンテーションが冴えなかった.魅力的なイメージは他の案にもいくつかあったため,これを1等に選ぶべきか審査委員の中で議論されたが,アンダー・ワン・ルーフというテーマから発して,原理的な思考で新たな空間と時間の関係を提示したことを評価しようという結論に至った.
日本の現代建築はいま大きな変革期を迎えている.アイデアコンペも,綺麗なイメージと耳障りのよいテキストでは,もう駄目なのである.もちろんプレゼンテーションは依然として重要だが,先の見えにくい時代だからこそ既に知っている範囲で思考をまとめないで,与えられた条件(テーマ)のリアリティに向き合いながら,建築概念を刷新して欲しい.今年の審査結果にはこうしたメッセージが込められていると思う.来年の提案が今から楽しみです.
六鹿正治
アイデアコンペの審査委員は事前にテーマをつくり上げる議論にも参加するので,提案の方向性にある想定をし,その想定を増幅するものにまず好意的に感応する.さらに想定を超えた意外な提案にも積極的に反応する.その過程で面白いことのひとつは,提案者の真意と審査委員の解釈の微妙なズレの発生である.極端に言うと,審査委員の美しい誤解や買い被りを導くような含蓄を残しているかどうかだ.
石橋・水野案(2等)は,異種多彩な規模の人の集合や活動を内包しながら成長する都市やコミュニティそのものを,都市的スケールの大屋根が象徴する壮大な解だが,ダイアグラムや暦が私たちの想像のふくらみを若干阻害したかもしれない.一方,西田・Yeung案(1等)は,砂漠に打ったコンクリート板と,一時たりとも同じ形に留まらぬ砂との間にできる窪みをシェルターとする原初的で簡明で強い提案で,高く評価された.人工と自然,人間と環境が対峙する中で,意思を超えた所で発生し時々刻々変化する,屋根の下の空間だ.湯佐・阿部案(3等)は津波到達線に沿って地域コミュニティのさまざまな公共機能を点在させた続き屋根を巡らす提案で,環境親和性やさりげなさが高い評価を得た.
谷口案(佳作)は錘の配置次第で水中空間の形が変幻して活動を規定するのが面白い.潮の流れはあるものの,こちらは人の意思でも変わる空間だ.原田案(佳作)はデンマークの特異地を選択しているが,長い歴史の流れの中で都市は都市の上に築かれて変遷していくことを,ひとつの屋根が次の床になって重畳する形で象徴する.1mm大の人の目から見える世界を提示する野口案(佳作),審査委員の想像力にチャレンジする日野案(佳作),雪涼房牛舎の西田・相見案(佳作)はそれぞれ意表を衝く.
一方,1960年代に普及した上海公共住宅群の改修提案である松下・Yang案(佳作),東京の狭小住宅群の屋根上をコミュニティ空間として提案する長崎・Barrington-Leach・Zacharias案(佳作)は現実の社会的課題からの発想.
人間と環境の関わりについて個から集合体まで,アンダー・ワン・ルーフの課題の下,多彩な提案が寄せられたことを感謝したい.