課題

水のテリトリー

課題文

今年のテーマは「水のテリトリー」です。

「テリトリー」を辞書で引くと、縄張りや勢力圏という意味であると記されています。わかりやすいイメージとしては、ライオンやシマウマの縄張りのようなものを思い起こしてよいでしょう。つまりテリトリーとは、なんらかの影響力の及ぶ範囲と理解できますが、それは私たちの目には見えにくい空間的広がりでもあります。さて、では「水のテリトリー」とは、どういう空間的広がりのことと考えられるでしょうか。

水がつくり出す空間的広がりには、たとえば河川や湖、湿原、といった自然環境や、田畑のような農地や、運河や堀といった人工的な環境もあります。近年では、上下水道もそれに含まれると言っていいでしょう。

これらの「水のテリトリー」は、ただ、環境に存在しているだけではありません。それを介してなんらかの社会的関係がそこに誕生しています。

人間は、長い歴史の中で、そうしたたくさんの「水のテリトリー」を形成してきました。

さて、では、これからの時代に、私たちは、どのような「水のテリトリー」をつくることができるでしょう。

今回は、みなさんに、現代の「水のテリトリー」、「水がつくる空間領域」をご提案いただきます。

小さな、水槽、井戸、泉、あるいは水たまりのようなスケールから、大規模な農地や湖、あるいは、海のような巨大スケールのものでもかまいません。
「水のテリトリー」という言葉から連想するイメージを自由に広げて、新しい建築、集落、街、あるいは地域についての提案に結び付けてください。
みなさんの提案を広くお待ちしています。

課題

ボタニカル・アーキテクチャー

課題文

今年のテーマは「ボタニカル・アーキテクチャー」です。

ボタニカルは、直訳すると「植物学的な」という意味です。
植物は、水の循環とも深く関係する自然です。ただ、グリーンと言えば自然そのものを示しますが、ボタニカルという言葉は人間が発見した自然、という意味合いを持ちます。

それは、未開のジャングルのような自然ではなく、庭園のような自然です。
植物園で目にする自然(ボタニカル・ガーデン)、絵画に描かれた自然(ボタニカル・アート)とも言えるでしょう。
人間はこれまで多くの自然を見つけて収集し、植えたり描いたりすることで、植物と結びついてきたのです。

さて、あなたなら、これから植物とどんな関係を築いていきたいですか?

今日のあなた自身の眼差しで発見する、自然と建築の新しい関係を広くお待ちしています。

結果発表 審査講評

一等

※1等案は他案との類似性が強いと判断し、審査委員の同意を得て失格としました。

二等

田村 翔太郎東京理科大学大学院

上原 龍太郎東京理科大学大学院

内田 泰成フリーランス

三等

山﨑 基弘大分大学大学院

佳作

神戸 寛貴東京大学大学院

末廣 康介東京大学大学院

一杉 泰生東京大学大学院

佳作

天野 吉尚AMANO建築研究所

佳作

川本 達也フリーランス

佳作

管 理早稲田大学

佳作

八木 祐理子京都工芸繊維大学大学院

Barbara Bolozフリーランス

佳作

永井 仙太郎株式会社日本設計

山本 葵株式会社日本設計

佳作

松田 仁樹東京大学大学院

増田 伸也東京大学大学院

佳作

根本 響暉東洋大学大学院

吉田 尚平東洋大学

賞金

  • 1等[1点]
  •  
  • 100万円
  • 2等[1点]
  •  
  • 50万円
  • 3等[1点]
  •  
  • 30万円
  • 佳作[8点]
  •  
  • 各10万円
全て税込

審査委員

審査委員長 六鹿正治 日本設計取締役会長
審査委員 北山 恒 横浜国立大学大学院Y-GSA教授、
architecture WORKSHOP主宰
審査委員 山梨 知彦 日建設計執行役員設計部門代表
審査委員 乾 久美子 東京藝術大学准教授、
乾久美子建築設計事務所主宰
審査委員 長谷川 豪 長谷川豪建築設計事務所代表
審査委員 相臺 公豊 日新工業代表取締役社長

審査講評

六鹿正治

アイデア・コンペの人気度を計るもののひとつに登録や応募の多寡がある.主催者には気になる数字だが,過去のデータによると,これはテーマの性格や時勢に大いに左右されるように見える.今回のテーマにある「テリトリー」は明らかに空間的な広がりを考えることを求めるので,難度が高いと敬遠された向きもあるかもしれない.しかし単体を深める志向と共に,周辺に開いて関係性や広がりをデザインする志向を常に大事にしたいと考える私たちにとって,今回の応募作の多様性と水準は十分に満足のいくものであった.
海と陸の画然とした境界を,堤防デザインの革新で広がりと変化のある中間領域とする永井・山本案(佳作)は,水のテリトリーのエッジに注目した上でさらにそれをひとつの水のテリトリーとした点が秀逸.松田・増田案(佳作)が示した都会のビルの屋上にある水盤群も,空と都市のエッジのあり方という提案とも言える.普段は見えない暗渠から水を吸い上げてまちの環境装置として展開しようとする神戸・末廣・一杉案(佳作)や,ささやかな「緑のみずみち」を住宅地に通そうとする天野案(佳作),2等の田村・上原・内田案は,水路で繋ぐことで再生するコミュニティのリニアな広がりを水のテリトリーと捉えるが,八木・Boloz案(佳作)は昔の井戸を取り囲む町屋群の一塊でできる面的なコミュニティをそれと捉える.
特異地の自然を利用した提案も注目される.人気のナミブ砂漠を題材にした根本・吉田案(佳作)は霧を凝結させ,水みちを創造して生き物の回廊にするテリトリー創造型.長崎県の長年棚上げになっているダム予定地に,地下水と繋ぐ大水道橋を架ける3等の山﨑案はテリトリー再生型である.鉄の巨大な箱でコミュニティを象徴する川本案(佳作)も,鉄に水が作用して発生する錆の成長で長い時間と移ろいを表現する.水面のスケールと人の集合の様態を表現しようとした管案(佳作)も興味深い.

北山恒

279作品の図面を一気に読んでいく.時間をかけて全部読み終わると,アタマの中に全作品のマップができている.各審査委員が候補作品を選定するのであるが,候補に残る作品はどれもマップの中に浮上していたものであった.重なるものはそんなに多くはなかったが,どれも気になって読み込んだ作品だ.この審査は,視点の多様性を楽しむような時間であった.
山﨑案(3等)は半世紀にわたるダム建設を巡る対立の物語を背後に置き,水平に広がる屋根の上の水面と棚田の水面をポエティックに表現する.共に政治的な背景を持つのであるが,それが仮想のアイデアを補強しているように思えた.田村・上原・内田案(2等)は自然の河川を治水して人工の河川とすることを止めて,自然と人工が共生したランドスケープを表現する.
「水のテリトリー」という課題を,自然環境と人工環境の「テリトリー」=「縄張り」として読み解き,それを抗争ではなく調停する案が上位になっている.「テリトリー」の概念には支配という政治的意味が内在している.そこに反応し,自然克服という近代文明の思想を乗り越えることを主題とした案が多く選ばれることになった.そうなのだ.新しい文明の感覚はこうやって生まれるのだ.

山梨知彦

実は僕ら審査委員は,今回のテーマ「水のテリトリー」に手ごたえを感じていた.このテーマなら応募者のインスピレーションを掻き立て,多くの応募案が寄せられるのではなかろうかと,少なからぬ期待を抱いていたのだと思う.だから応募数が伸び悩んだと知った時には少なからずショックを受けた.
気を取り直して応募案に向かってみると,テリトリーという言葉に対する応募者の苦戦の跡が見て取れる.テリトリーという問いかけに対して,明確に像を結ぶような視点を提示している案はきわめて少なかったし,そればかりかテリトリーのお題から全く離れてしまった提案も多くあった.コンペは,案を出すにも応えるにも骨が折れる仕事であることを再認識する経験であった.
そんな状況であったためか,今回はストレートかつテリトリーを物理的な領域と読み替え,その水の領域を可視化した素直な案が順当に票を集めは上位を占める結果となった.田村・上原・内田案(2等)は,河川の水際を解放することで魅力的で人間的な水際の領域を生み出そうという詩的でわかりやすい提案である.山﨑案(3等)は,地下水を広く領域を覆った平たい屋根の上に汲み上げ可視化しよう試みた詩的で美しい提案だ.ただいずれの案も,河川の治水の難しさや,膨大な揚水や広大な屋根の環境へのインパクトを考えると,詩的で儚いドローイングとは裏腹に,実際にはかなり大げさな自然コントロールを要する点と,テリトリーへの肉迫に欠けるようで,気になってしまった.

乾久美子

今年のテーマは「水のテリトリー」.審査委員一同で,かなりの時間をかけて練り上げた言葉だったので,どのような提案が出てくるかが楽しみであった.テリトリーというと,その内/外の境界線のゆらぎに注目することもできるだろうし,また縄張りという言葉を思い出してみれば,それぞれの立場において防衛的な要素は何かなどというような,のっぴきならない状況を想像するはずだ.特に津波や河川の氾濫の後では,「水のテリトリー」という言葉にリアリティと不穏な響きすら感じる者も多かったのではないだろうか.
提案は,「水際」と「都市インフラとしての水」を扱ったものが多かったように思う.田村・上原・内田案(2等)は,河道の複雑な動きに対して若干甘いのがおしいところではあったが,水のテリトリーと生活のテリトリーを積極的に重ね合わせるというイメージに共感を覚えた.こうした提案がアイデアコンペという安定した価値の中に安住せず,具体的な実践へと結び付くためには何が必要なのだろうか.ぜひ,作者が,さらなる思考と実践を進められることを期待する.「インフラもの」は複数入賞したが,最も単純だったのは佳作の松田・増田案(佳作)であった.いま,ビルの屋上は残念ながら設備機器のテリトリーとなっている.それがもし,水のテリトリーに置き換わった時に都市の生態系は劇的に変化する,そんな可能性が現されていた.設備機器に関する革命が起きれば,可能性のある提案なのかと思う.

長谷川豪

建築の核になる部分を平面で考える建築と断面で考える建築は違うと常々思っている.アイデアの出所の違いが建築のあり様を大きく分けるのである.ここで敢えて図式的にそれぞれを平面建築,断面建築と呼ぶことにすると,断面建築は「場所性(地形,屋根形態,構法,素材など)」に呼応することが多く具体的な調整が求められるのに対して,平面建築は「設計条件(敷地,面積,プログラムなど)」に呼応しやすい.自分で設計条件を設定できるアイデアコンペは昔から平面建築が主流だ.ただし日新工業建築設計競技は,主に水をテーマにする防水メーカーのコンペだからであろう,応募案に断面建築が比較的多いのが特徴だと思う.審査結果を見ても,一昨年の「水の家」,昨年の「アンダー・ワン・ルーフ」はともに断面建築が1等になった(歴代の1等案を見ても断面建築が少なくないからこれは必ずしも偶然ではないだろう).
さて,今年の「水のテリトリー」の応募案はどうだったかというと,テリトリーは面的な展開をイメージさせやすかったのだろうか,平面のアイデアが多かった.しかしその中でも興味深かったのは,一見すると平面のアイデアにも,田村・上原・内田案(2等)の「川」や山﨑案(3等)の「棚田」のような微地形=「場所性」が内包されており,平面建築とも断面建築ともいえないような案がいくつか見られたことだ.テリトリーというテーマがこうしたハイブリッドな状況を生んだのかは分からないが,しかしこうした平面/断面を横断するアイデアをいくつか見ることができたのはひとつの収穫だったように思うし,できれば来年以降もこうした新たな傾向を見ることができたら嬉しい.