課題

ボタニカル・アーキテクチャー

課題文

今年のテーマは「ボタニカル・アーキテクチャー」です。

ボタニカルは、直訳すると「植物学的な」という意味です。
植物は、水の循環とも深く関係する自然です。ただ、グリーンと言えば自然そのものを示しますが、ボタニカルという言葉は人間が発見した自然、という意味合いを持ちます。

それは、未開のジャングルのような自然ではなく、庭園のような自然です。
植物園で目にする自然(ボタニカル・ガーデン)、絵画に描かれた自然(ボタニカル・アート)とも言えるでしょう。
人間はこれまで多くの自然を見つけて収集し、植えたり描いたりすることで、植物と結びついてきたのです。

さて、あなたなら、これから植物とどんな関係を築いていきたいですか?

今日のあなた自身の眼差しで発見する、自然と建築の新しい関係を広くお待ちしています。

結果発表 審査講評

一等

Eduardo enrique Tapia DuarteUniversidad de los Andes

二等

岩本 早代東京藝術大学大学院

三等

管 理早稲田大学

吴 绉彦東京大学

佳作

唐 龚洋中国石油大学(华东)

陈 丹中国石油大学(华东)

佳作

LE ANH VU福岡大学大学院

佳作

何 東明湖北美術學院 栖行建築設計事務所

佳作

齋藤 直紀フリーランス

佳作

杉浦 岳横浜国立大学大学院

高橋 麻理筑波大学大学院

佳作

井上 岳慶應義塾大学大学院

赤塚 健株式会社日本設計

佳作

竹澤 洸人工学院大学大学院

佳作

笠井 洸竹中工務店

椙山 雄大竹中工務店

田村 賢竹中工務店

賞金

  • 1等[1点]
  •  
  • 100万円
  • 2等[1点]
  •  
  • 50万円
  • 3等[1点]
  •  
  • 30万円
  • 佳作[8点]
  •  
  • 各10万円
全て税込

審査委員

審査委員長 六鹿正治 日本設計取締役会長
審査委員 北山 恒 法政大学教授、architecture WORKSHOP主宰
審査委員 山梨 知彦 日建設計 常務執行役員 設計部門副統括
審査委員 乾 久美子 横浜国立大学大学院Y-GSA教授、
乾久美子建築設計事務所主宰
審査委員 長谷川 豪 長谷川豪建築設計事務所代表
審査委員 相臺 公豊 日新工業代表取締役社長

審査講評

六鹿正治

ボタニカルには「植物の」という広義と「植物学の」という狭義がある.ボタニカル・アーキテクチャーというと,広義ではおそらく「植物的な建築」「植物でできた建築」と解され,狭義では「植物園の建築」くらいに解されるだろう.それをベースに建築家の想像力で語義を広げていく面白さを見つけてみたい.
植物を原環境から切り取って標本として収集分類することが植物学の源ならば,飛行船で世界中を回って植物を上空から抜き取って集めることは,ボタニカルを象徴する行為かもしれない.Eduardo案(1等)は大探検時代のようなワクワク感があり,政治的にはともかく環境的には意外にロウ・インパクトである.開放環境系である地球上の諸所で透明不透過な巨大キューブで環境を切り取る笠井・椙山・田村案(佳作)は,ある意味で生態系の鎖国によって独自進化する環境を観察する提案.文明によって消え去った植物の標本をあたかも墓標のような地下の空間に展示する唐・案(佳作)は文明と植物の歴史を回顧させる絶滅植物図鑑的建築.ここまでの3作品は狭義のボタニカル.
植物群は生物多様性も含めて場所と場所を繋いでネットワークにしていく働きがある.岩本案(2等)は何気なく存在する空き地を植物と小生物の棲家となる繋がりとして確保する提案.LE案(佳作)は建築的な構築も含めて繋がりを捉えようとしている.
植物群は境界を曖昧にする働きがある.杉浦・高橋案(佳作)は国境線に注目し,井上・赤塚案(佳作)は住宅地の境界に焦点を当てている.
人工物としての建築の挿入で植物的自然との関係を調整する提案もある.齋藤案(佳作)は放置された森の小空間に建築的に何か加えることで場所の力を増幅する提案.管・案(3等)は手付かずの自然でも囲い込まれた自然でもない植物群の感じられ方を大きさの異なる壁を二軸分散配置することで生み出そうとする.何案(佳作)は森の中に曖昧な境界を作りさまざまな行為を促そうという提案.竹澤案(佳作)はplantという言葉の植物と工場の両義をエネルギーの源として繋いで考えている点が面白い.

北山恒

ボタニカル・アーキテクチャーというテーマに決まって,不思議な言葉だと思った.日本語だと「植物学的建築」となるのかもしれないが,ボタニカルというのは植物を博物学的に扱うという極めて西欧的な自然に対する思想がある.同時に,この言葉に続けてアーキテクチャーという単語が並ぶと,建築も本来的に日本にはなかった概念だったことに気付く.だから,この課題設定は東洋人にとっては西欧文明の解釈を伴うことになるのだ.そして,西欧文明の中にいる人も,この言葉のもつイメージに大きく影響を受けるものであったのかもしれない.
1等は南米コロンビアのEduardo案になった.西欧の植民地であった南米ではボタニカルに植物が採集された.そのためか,懐かしい(過去の)未来風景のようなドローイングである.飛行船はアーキグラムのドローイングにも登場するが,第一機械時代のユートピアの表象なのだ.2等の岩本案はTerrain Vague(空地,未利用地)という言葉を持ち出すことで,人間だけを主体とする空間概念を批評する.Ian McHargの文章が添えられていることで,自然に対するその思想表明がされていることがわかる.3等の中国の管・案は人工物と樹木という自然を離散配置するランドスケープを示す.そこでは自然と人工は対等な関係が与えられ,その間に人間がばら撒かれている.その風景はスーパースタジオが示すコンティニュアス・モニュメントのように反ユートピアを感じさせ,それが詩性を生む.今回は標題に引きずられ,文明論のような回答が散見された.言葉に対する想像力の大きさが優劣を決めている.

山梨知彦

1等となったEduardo案は,上位案を絞り込む最初のステップでは,美しい水彩のプレゼンテーションの助けで,かろうじて選に残った作品に過ぎなかった.しかし,対象が絞り込まれた後に各審査委員がもう一歩踏み込んだ読み取りを始めると,たちまち共感を集め,上位へと昇って行った.いわば,アイデアコンペの1等案が決まる際の典型的なルートのひとつを駆け上がり,1等の座を奪った作品であった.
この作品以外の応募作は,出題にあったボタニカルという言葉をストレートに「植物」と捉えるところからスタートしていたのに対し,唯一この作品のみが「植物学」として捉え,ストーリーを組み立てていた.
言葉少なく,それでいて美しいドローイングと組み合わせられた作品は,意図されたものであるか否かは知る由もないが,審査する側に多様な読み取りを許す懐の深さを備えていた.例えば,植物学の根本に未知なる場所へ向けての旅が隠されているならば,この作品は逆に植物を求めて異なる場所へと旅をする建築を提示することで,植物をそれが生育する環境という文脈の中で捉えようとしているようにも感じられる.世界中から植物を採集し,分類する作業から生み出された「ボタニカル」の概念の中に「見落としてきた何かがありはしないだろうか?」との疑問を,詩的なかたちで投げかけたものと僕には思え,共感した.
惜しむらくは,審査を終え冷静になってみると,旅する建築が飛行船として設定されていたことかもしれない.より建築的な解決が示され,そこに重ね合わされていたならば,作品はポエティックでありながらもより大人びたものとなり,さらに深みを増していたかもしれない.

乾久美子

今年のテーマ,ボタニカルは人間に発見された自然を表す言葉で,単なる自然を表しているのではない.自然は緑化という言葉に直訳され,建築や都市の装飾物になり,また政治的な存在になって久しいが,そうした硬直化した自然と人間との関係に揺さぶりをかけるような提案が求められた.1等に選ばれたEduardo案は空に浮かぶ気球状の温室が世界中を巡るというもので,ロマンティックでもあり黙示録的でもあるようなスリリングな提案だ.人間の自然に対する憧れや欲望が非常に純粋に表現されていて,最も目を引いた.岩本案(2等)は空き地や法面,あるいはあまり使われていない公園などを小さな橋やトンネルなどで結び付け,さらにちょっとした雑草を保全する囲いを設けることで,都市全体に広がる潜在的な自然を動きと共に浮かび上がらせるというものである.私たちが見出さなくてはいけない自然,また,新しい建築のあり方の両方が追求された知的な提案であった.管・案(3等)は自然と人工の二項対立を乗り越えようとするものである.林の中の木々のように類似と差異の両方を備えたものが集合した風景は,それが明らかな人工物であったとしてもある種の自然性を備えるということを指摘している.提案では低密度な関係になっているが,これを高密化することで,新しい都市のあり方が示唆できるのではないかと想像が膨らむ作品であった.

長谷川豪

ボタニカル+アーキテクチャー,植物学+建築という謎めいた組み合わせにおそらくいろいろな想像力が働いたのだろう,例年と比べて案に多様性があり楽しい審査となった.また今年は海外からの応募案が3割にのぼり,1等を含め入賞案に海外勢が目立った.これもアイデアやプレゼンテーションに多様性がもたらされた大きな要因になったと思う.つまり日本勢が大人しかったわけだが,いずれにせよアイデアコンペのかたちも時代の変化に合わせて変わってしかるべきで,このグローバル化はこじんまりとまとまりがちな国内のアイデアコンペの状況に風穴を開けるひとつのきっかけになるかもしれない.
1等となったEduardo案を最初に見たときには,単なるユートピア的な案にも感じた.しかしドローイングをよく見ると飛行船が大地に縛り付けられている.地面に空間を定着するのが建築の定義だとすれば,動く庭(moving garden)として大地への定着を繰り返し,植生の変化に応じて飛び回りながら植物学的に地球全体を建築化していくプロジェクトだとも言え,建築のイメージを拡張させているところが評価された.それに対して岩本案(2等)は,ボタニカル(人間が発見した自然)のイメージを拡張する案だ.プレゼンテーションが弱く1等案には及ばなかったが,「植物の動きを受け入れる新たな都市のネットワーク」をボタニカル・アーキテクチャーと定義する,とても明快でよい案だった.